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甲子園をやめるべきという意見

テーマ:[生活]
更新日: 2018年 8月 3日(金)
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はじめに

甲子園がアンティーク化したのを表現したイラスト
© C.T.Labo

今年の猛暑は災害並みだということで屋外での運動は避けるべきという意見がメディアを含めて増えてきました。

ここでは、反対意見・賛成意見をまとめその意見に対するバックグラウンドや本来の論点について暴いて行きたいと思います。

目次

  1. 1. 甲子園をやめるべきという意見
  2. 2. 甲子園をやるべきという意見
  3. 3. なぜ甲子園をやめるべきという意見が議題に上がったのか
  4. 4. まとめ

甲子園をやめるべきという意見

今年は猛暑のため甲子園をやめるべきという意見が日本中をそれこそ、テレビなどのメディアを含めた著名人も巻き込んで反対意見が非常に多くなっています。

直近に日大のアメフト部の事件があったため余計に加熱している状況下で子供を危険に晒すなというまさに論理的な意見だと思います。

それに熱中症で搬送される人間の中で、野球をする人間・野球を見る人間が最も多いのは誤魔化しようない現状だと思います。この炎天下の中、甲子園で朝から夕方までさらにテレビに映ったり、高校生ではなかなか感じることのないような注目から生まれる甲子園独特の緊張感の中で野球をするということで、熱中症で倒れる人が出てくるのは間違いありません。

もちろん、甲子園をやめるのではなく京セラドームでやればよかったり、早朝開催やナイトゲームにすれば良い、あるいは季節をずらせば良いという意見もあり、それができないのは大人の広告収入などメディアで報じることのできる利権のせいだということも考えられますし、疑いようのない事実であるのは間違い無いでしょう。

甲子園をやるべきという意見

一方、少数派の甲子園をやるべきという意見。

甲子園をやめるべきという意見が野球の関係者でないのに比べて、甲子園をやるべきという意見の多くは野球関係者が多いと思います。

そして、何よりも甲子園を目指している当事者である選手たちやその親たちの全てが甲子園を中止すべきではないと答えると思います。今の所、おそらくこの先もそのような意見がメディアに出ることはないと思います。なぜなら一人もやめるべきと考えている人がいないからです。

多くの選手たちは物心がついた頃には甲子園を目指しており、その親たちも当然息子を甲子園に連れていくために、多くの資金を費やしており、生まれた時にはすでに息子が甲子園に行くことのみを目指しているからです。もし、甲子園でなく京セラドームでいいと意見が受け入れられるとしたら、甲子園というブランドを完全に無視していて、今頃社会主義は完成しているはずです。

何よりも甲子園という大会は今年でちょうど100回を迎えるほどの伝統的な文化の一つであることに違いなく、文化に論理性を持たせるのはあまりに見当違いで、野球関係者でない方から甲子園大会をやめろと言われるのは、アメリカから「日本の公用語を英語に変えろ。そのほうが合理的でしょ?」と同じことです。

なぜ甲子園をやめるべきという意見が議題に上がったのか

ここで二つの意見である、甲子園をやめるべきという意見と甲子園をやるべきという意見について書きましたが、筆者は高校野球のファンであり、野球もやっていました。もし、意見に偏りがあるなら筆者の実力不足ですが、実際この問題は非常に難しい問題だと思います。

しかし、世間で騒がれている論点と本来議論すべきところは間違っていると思います。

もちろん文化は時代によって変わるべきですし、「甲子園」というブランドも無下にはできません。問題は、甲子園大会を運営する高野連がヘイトを貯めすぎたことがあると思います。ここが非常にややこしい問題なのですが、高校のインターハイを運営している連盟と甲子園を運営している連盟が違いかつ甲子園を運営する高野連の方が早くできたという歴史があります。

さらに甲子園はもともとアマチュアの大会のために百年前に建てられた球場です。しかし、いまの人たちはその歴史は当然知りませんし、公立高校の教員たちの多くは硬式野球をしている生徒たちをあからさまに不寛容な態度を見せます。

もちろん、ほかのスポーツをやっていた人たちからも嫌われることが非常に多いです。この流れは、いまのたばこ文化が淘汰されるのに非常に似ているため、やがて高校野球が淘汰される未来が見えます。

まとめ