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幸福は不幸の上で成り立っている

テーマ:[生活]
更新日: 2018年 10月 12日(金)
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はじめに

幸福のイラスト
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日本では長らく軽視されていた考えていた「幸福」という概念ですが、近年では欧米諸国に倣って「幸福」の重要性について再考されるようになって来ました。

目次

  1. 1. 幸福とは
  2. 2. 幸福が存在しない国・不幸が存在しない国
  3. 3. 日本の幸福への軽視とは
  4. 4. まとめ

幸福とは

幸福に明確にこれというものを示すことはできません。なぜなら幸福は人によって感じ方が違うからに他なりません。お金がたくさんあるから幸福だと言う人もいますし、時間にゆとりを持つことが幸福だと言う人もいます。

問題はお金がない人がお金があれば幸福だと言い、時間にゆとりを持てない人が時間にゆとりがあれば幸福だと言うのです。幸福は常に不幸の上に成り立っています。

そのため常に無い物ねだりになってしまい、他人と比べて自分が不幸だと思うとそれが不幸であり、自分が他人と比べて幸せなら幸福だと感じることが多いです。

幸福が存在しない国・不幸が存在しない国

幸福や不幸が存在国があります。正確には幸福や不幸に当たる概念が昔はなかったと言うべきですが。

その国というのはブータンです。ブータンは宗教から幸福や不幸というような言葉を分けずに、幸せも不幸も感じない状態つまり仏教的な涅槃の境地と同じ概念が蔓延しているため、幸福や不幸だと分けたりしませんでした。

つまり、幸福や不幸だと感じる前にまずそれに流されない精神状態に持っていくことこそがブータンでは正しいとされて来ました。先ほど説明しました幸福が不幸の上に立っていると言う考え方からすれば、不幸がないから幸福も存在しない最たる例の一つであることに違いはありません。

しかし、近年ではブータンも海外の価値観を持ち幸福という概念が入って来ていると言うようにも聞きます。

日本の幸福への軽視とは

日本も宗教として仏教が入って来ているので、そう言う考え方があるには違いありません。しかし日本の宗教は非常に複雑なため仏教と言っても原型が残ってないくらい考え方が変えられた日本独自の仏教なので、幸福も不幸も存在してしまいます。

さらに言えば、日本は幸福であることを良しとしない風潮が未だに根強く残っています。悲しい考え方ですが、贅沢することを良しとしない風潮というのが確かにあります。

芸能人が無意識のうちに出してしまったことが贅沢なら、間違いなく炎上してしまいます。そのほかにも、ご飯を残さず食べるなど無駄なこと贅沢なことをしようものなら四方八方から批判の的になる事は避けられないでしょう。

お隣の中国という国の食事のマナーとして、食べ物を少しずつ残すというあり方とまるで真逆の考え方なところは、面白いところと言えますが。

まとめ