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多くの人が誤解している「なぜ人を殺してはいけないのか?」

テーマ:[政治]
更新日: 2018年 8月 17日(金)
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はじめに

人の頭が落ちているように見えるイラスト
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なぜ人を殺してはいけないか?」ということを議題に論じた時、当たり前のように人を殺してはいけない理由について考えていませんか?

その質問は前提が間違っています。本当にあなたは人を殺していませんか?

目次

  1. 1. 「なぜ人を殺してはいけないのか?」の一般的な正しい答え
  2. 2. 多くの人が誤解をしている前提の部分
  3. 3. 盲目的に物事を見ることに長けてしまった
  4. 4. まとめ

「なぜ人を殺してはいけないのか?」の一般的な正しい答え

皆さんも一度は「なぜ人を殺してはいけないのか?」という善悪の命題を引っ下げた問いを聞いたことがあると思います。この哲学的な問いを初め聞いたときは、確かに悪いということはわかりますが、具体的になぜ人を殺してはいけないのかという理由を明確に答えられなかったと思います。

さらにこの論点の優秀なところは、人を殺してはいけないという当たり前のことを再思考させる意味でも非常に意味のある問いだと思います。

再思考とは言いましたが、実際生まれて物心がついた時にはすでに人を殺してはいけないということを当たり前のように刷り込まれて育ちました。そのため、この問題を考えるのはおそらく日本生まれの日本人なら大人になってから初めてという方が多いと思います。

しかし国が変われば、物心がつく前に誘拐されて戦士として育った子供はボランティアとして、それもいいこととして人を当たり前のように殺す国があるので、人間が生まれながらに持っているものではありません。

一般的な答えとしては、「自分や大切な人が殺されないため」であったり、「治安を守るため」ということが挙げられます。法律を神様のように信仰するなら「法律で決まっているから」というのも別段間違った答えでもなく、社会的には正しい答えであるのは間違いありません。

しかし、法律は国によって違うので哲学的にはあまり面白い答えとは言えませんが。

多くの人が誤解をしている前提の部分

しかし「自分や大切な人が殺されないため」であったり、「治安を守るため」と答えた自分自身に対して、何か腑に落ちないような感覚を感じた人も多くいると思います。

多くの人が人を殺してはいけない理由を考える時に間違っている点が一つあり、それが最も重要でどうしても自力では導き出せない前提というのが存在します。それは自分たちが本当に人を殺していないのかという点です。

実際答えられないのは人を殺しているのではないかということです。

もちろん、直接人を殺している人は少数派でしょう。残念なことに人間全員というわけではありません。殺人事件という概念がある以上はどうしても人が人を殺しているという事実があるのは間違いありません。それでも死体を見る機会をお葬式や病院以外で見たことがある人は非常に少ないと思います。

しかし、直接的には殺していなくても間接的には私たちは殺しているはずです。「なぜ人を殺してはいけないのか?」という命題に多くの人が誤解しているのは、死刑制度で私たちは間接的に人を殺しているということを見落としています。死刑は必ず人の手によって執行されるはずであり、ましては神様にお願いして殺してもらうというわけでもありません。

国の主権は国民にあるため、国民が間接的に殺しをお願いしているのです。それは殺し屋を雇って、人を殺してもらっているという仕組みとなんら変わりはありません。私たちが「殺されないために人を殺さない」と思っていたことは、実は「殺した人を殺すからこそ自分が殺されない」という仕組みなのです。

私たちは「殺されないために殺さない」のところで浮かびそうな死刑制度があるから殺さないという簡単な共通点を見ないようにしてしまいます。

盲目的に物事を見ることに長けてしまった

私たちはどうしても信じたくなこと、あり得ないと信じ込んでいる事実や真実をどうしても盲目的に常識だからという理由で信じ込んでしまっていることがあります。

「なぜ人を殺してはいけないのか?」など私たちはどうしても私たちが人を殺していない前提で話すことが多いのですが、実際私たちは人を殺していないと言えない。案外当たり前なのに答えられない答えは、その前提が間違っているということが多くあります。

常識ということに関して言えば、たとえ日本生まれ日本育ちだとしてもその日本人同士でも価値観は少しずつ変わってきてしまいます。グローバルの時代と呼ばれて何年か立ちました。その中で、私たちがもし平和を望むのなら結果だけを強引に強要するのではなく、私たちの常識と戦争を起こしていた時代やその国の人たちの常識を見直す必要があります。

大きい問題だけではありません。自分の近くの親や子供、友達となぜか喧嘩になってしまうのなら、お互いの常識が違っている場合が多くあります。それを一方的に否定するのではなく、相手と自分が持っている常識の差異を理解し認めることが大切と言えるでしょう。

まとめ